プレイズソンググループ「ラ・ヴィーニュ」の代表せいさんがゴスペルに関する個人的な想いを綴ります。
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究極の課題 その2
2007-09-14 Fri 18:58
前回、究極の課題について書きましたが、いろいろ考えました。考えても答えはでるわけではないのですが、祈り、決めたことを突き進もうと思ったのです。

私には作曲を生業にしている弟がいます。たまたま先日会ったときにそんな悩みを抱えているんだという話をしました。弟はちょっと考えて、兄貴がやっているのは、音楽の名を借りたもっと別な物だ、といいました。弟はクリスチャンではないのですが、賛美のことを本能的に覚ったのでしょう。そしてこう続けました。音楽ならエゴが入っても構わないし、もしバンドだったら、自分がいやだと思ったことはしなくていいし、気のあった者同士がやるのが音楽だからね、技術の向上を求めてメンバーを入れ替えたりしてもいいと思うけど、兄貴がやってるのはそうじゃないんだから、技術の向上を求めたりしたらだめなんじゃないの?音が外れてたっていいじゃない?と。

もちろんそれは頭の片隅にはあったのですが、あらためて言われるとハッとしました。そういうことはクリスチャンである私の方がわかっていてしかるべきであるのに諭されてしまいました。弟はプロなので、音楽の善し悪しは技術のあるなしではない、上手下手ではないということがいやというほどわかっています。所詮、素人が技術をつけようとがんばったところで、限界があることもよくわかっています。それより、地道にみんなで一緒になってやっていくほうがいいんじゃないの?ということです。

それから、私は、ボイストレーニングを調べ始めました。もし、できることなら、自分たちで楽しみながら練習をしてうまくなればいいじゃないかと思い始めました。それから有志が集まって練習をはじめました。するとわずか2回ぐらいで見違えるほどの効果が出てきました。きちんと合うまでにはまだまだ練習が必要だと思いますが、それにしても少し光が差したような気がします。ほんとにいままでずれてた音がピタッと合ったときは自分の耳を疑いました。奇跡が起こった!と一瞬思いました(当事者には失礼な話ですが。)
祈り、そして与えられたことを地道に行うことが如何に大事か再認識しました。

そのあとでまた弟と会う機会があり、私たちのコーラスを聴いてもらったところ、いいなあ、すごく楽しそうで。ぼくもこんなのやりたいなあ、音がくるってても全然いいね、といってくれました。そのことが今もはげみになっています。
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